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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)4974号 判決 1986年5月27日

原告

蓬田武

被告亡勝修三承継人

勝貞子

大窪佐代子

勝紳一郎

被告

大窪光俊

被告ら訴訟代理人弁護士

洗成

被告勝貞子、同大窪佐代子、同勝紳一郎

訴訟代理人兼被告大窪光俊訴訟代理人

洗成訴訟復代理人弁護士

藤田吉信

主文

一  被告大窪光俊は、別紙物件目録(三)記載の建物の二階に設置された別紙第一図面記載の(4)ないし(6)の各窓に目隠しを設置せよ。

二  原告の被告大窪光俊に対するその余の請求並びに被告勝貞子、同大窪佐代子及び同勝紳一郎に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告大窪光俊の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告大窪光俊は、別紙物件目録(三)記載の建物の一階及び二階に設置された窓のうち、別紙第一図面記載の(1)ないし(7)の各窓に目隠しを設置せよ。

2  被告大窪光俊は、別紙物件目録(三)記載の建物の屋上に設置した別紙第二図面屋上平面図表示の(イ)点と(ロ)点とを結んだ線上の鉄柵に目隠しを設置せよ。

3  被告大窪光俊、同勝貞子、同大窪佐代子及び同勝紳一郎は、別紙物件目録(二)(三)記載の建物の外側階段の踊場から屋上に至る鉄柵のうち、第二図面建物北側測面図(ハ)点から(ニ)点に至るまでの部分に目隠しを設置せよ。

4  被告大窪光俊、同勝貞子、同大窪佐代子及び同勝紳一郎は、原告に対し、連帯して金五〇万円を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地の隣接地(杉並区西永福二丁目三五二番三号。以下、原告宅地という。)の所有者である。

2  亡勝修三は、別紙物件目録(一)記載の宅地を所有していたが、同人は、被告大窪光俊と共同で右土地上に別紙物件目録(二)、(三)記載の建物(以下「被告ら所有建物」という。)を建築し、同目録(二)の部分を亡勝修三が、同目録(三)の部分を被告大窪光俊が専有使用している。

3  亡勝修三は、昭和六〇年五月一八日死亡し、被告勝貞子、同大窪佐代子、同勝紳一郎が同人を相続した。

4  ところで、被告ら所有建物のうち別紙物件目録(三)記載の建物部分には、原告宅地との境界線から一メートル以内の位置に別紙第一図面記載のとおり、原告宅地内を眺望することができる窓(同図面(1)ないし(7)の各窓)が取付けられている。

5  また、被告ら所有建物の屋上のうち、別紙第二図面の(イ)と(ロ)の鉄柵部分及び同建物屋上に至る外階段のうち(ハ)(ニ)の鉄柵部分からは、原告の敷地及び建物が眺望しうる状態となつている。

6  原告は、原告宅地内に原告所有アパート「よもぎ荘」及び原告居宅を所有しているが、第3、4項に記載の各窓、屋上及び階段から常に原告居宅等が観望されて原告のプライバシーが侵害されており、その精神的苦痛は甚大である。

7  原告は、昭和五八年九月一二日から同年一二月一六日にかけて、亡勝修三及び被告大窪光俊と七回にわたり話合い、その際、亡勝修三及び被告大窪光俊は、別紙第一図面記載の(1)ないし(6)の各窓にすべて目隠しを設置することを約した。

8  被告らのプライバシー侵害行為により原告に生じた精神的苦痛を慰謝するには金五〇万円をもつてするのが相当である。

9  よつて、原告は、被告らに対し、民法二三五条及び第6項記載の合意に基づき、別紙第一図面記載の(1)ないし(7)の各窓に目隠しを設置すること、民法二三五条及びプライバシー侵害による不法行為に基づき、被告ら所有建物のうち別紙第二図面(イ)(ロ)、(ハ)(ニ)の鉄柵部分に目隠しを設置すること及び不法行為による損害賠償請求権に基づき金五〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は知らない。

2  同2、3は認める。

3  同4のうち、原告主張の窓がいずれも原告宅地との境界線から一メートル以内に設置されていることは認め、その余は否認する。別紙第一図面(1)ないし(3)の各窓と原告宅地との間にはブロック塀が設置されていて、右各窓から原告宅地及び建物は観望できない。また、同図面(4)ないし(6)の各窓にはいずれもブラインドによる目隠しが設置されている。

4  同5のうち、被告ら所有建物に屋上及び屋上に至る階段が設置されていることは認め、その余は否認する。

5  同6、7は否認する。

6  同8、9は争う。

三  抗弁

1  慣習の存在

被告ら所有建物の近隣には、隣地境界線より一メートル以内にある窓等について目隠しを設置していない家屋が多数存在し、目隠しを設置しなくともよい慣習が存在する。

2  権利濫用

原告はその所有宅地内にアパート及び居宅を建築所有しているが、原告居宅は被告ら所有建物のある敷地から四〇センチメートルしか離れておらず、また、原告所有アパートは境界線からわずかに三〇センチメートルしか離れていないだけではなく、その屋根は被告ら所有敷地内に約三五センチメートルもはみ出ている状態である(なお、原告は、昭和六〇年一月ころ、右はみ出し部分を切除したが、切除後もなお、右切除部分は境界に接している。)。しかも、原告所有アパート二階のベランダからはいずれも被告ら宅地内を眺望できる状態でありながら、右ベランダには目隠しを設置していない。原告は、自己の所有建物について民法の規定を守つていないのに被告らにのみこれを要求しており、これは正に権利濫用以外の何物でもない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2のうち、原告居宅が境界線から四〇センチメートルしか離れていない点、原告所有アパートが境界線から三〇センチメートルしか離れていない点、右アパートの屋根が境界線より被告ら敷地内にはみ出ていた点、右越境部分を原告が昭和六〇年一月一六日削除したが切除後もなお境界線に接している点及び原告所有アパート二階のベランダには目隠しが設置されていない点はいずれも認め、原告の請求が権利濫用であるとの主張は争う。

原告所有アパートの被告ら所有建物に対する面は東南向きであるが、原告は、採光及び居住者の健康保持のために右の面にベランダを設けている。原告が右アパートを建築したのは昭和四六年一一月であるが、被告らの旧居宅には原告所有アパートに面して窓がなく、原告所有アパートの住民が被告らのプライバシーを侵害するおそれはなかつた。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1は<証拠>によりこれを認めることができ、同2、3は当事者間に争いがない。

二同4のうち、別紙第一図面(一)記載の(1)ないし(7)の各窓が原告宅地との境界線から一メートル以内に設置されていることは当事者間に争いがない。

三別紙第一図面記載の(1)ないし(7)の各窓、被告ら所有建物の屋上及び屋上に至る階段から原告宅地内が観望し得るか否かについて検討する。なお、民法二三五条にいう「他人の宅地を観望すべき窓又は縁側」とは、およそ他人の宅地を観望し得る窓又は縁側のすべてを指すものではなく、窓又は縁側の大部分が遮へいされる等により、特に意識して見ようとすれば見えるがそうでない限り他人の宅地を観望しえないようなものは含まれないと解すべきである。

1  別紙第一図面記載の(1)ないし(3)の各窓について

<証拠>を総合すると、原告宅地と被告ら所有建物敷地との境界線上には高さ一・九メートルのコンクリートブロック塀が設けられ、右各窓の最上部は地上からの高さが二・二七メートルであること、そのため右各窓からの視界の大部分は右塀により遮られており、右塀との間隙を通して原告所有アパート方向を見るには右各窓に近寄り見上げるようにしない限りこれを見ることができないこと、そのようにしても原告所有アパートの二階ベランダ下側部分程度しか観望しえないことが認められ、右の程度の観望では、これをもつて民法二三五条に「他人の宅地を観望すべき」窓と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  別紙第一図面記載の(4)ないし(6)の各窓について

第一図面

第二図面

<証拠>によれば、右各窓は原告所有アパート二階のベランダ真正面にあたり右各窓からは右アパート二階の部屋の室内まで見通せることが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はないから、右各窓は民法二三五条にいう原告宅地内を観望すべき窓であるといえる。

なお、被告らは、右各窓にはブラインドによる目隠しを設置した旨主張するが、ブラインドはいつまでも容易に開閉することが可能であるからこれを目隠設備と認めることはできない。

3  別紙第一図面記載(7)の窓について

<証拠>によれば、右窓は原告所有アパートとはほぼ垂直な位置関係にあつて真正面から向かいあつているわけではない上、仮に右窓から原告所有アパート方向を見たとしても原告所有アパートの東北端の一部分が見えるにすぎないことが認められるので、右の程度の観望をもつて右窓が民法二三五条にいう「他人の宅地を観望すべき窓」に該当すると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  被告ら所有建物の屋上及び屋上に至る階段について

<証拠>によれば、被告ら建物屋上には被告宅地方向の鉄柵に沿つてその大部分に物置が設置され、また屋上に至る階段にはビニール製波板による見通しを遮る設備が設置されていて原告宅地方向の視界の大部分を遮つていることが認められ、<証拠>も右鉄柵の端の物置のない部分から撮影したものであつて屋上からの視界一般が右写真のとおりであるとは認められないのであるから、右の程度の観望をもつて民法二三五条又は不法行為に該当する観望と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四目隠しを設置する旨の合意の成否について検討する。

1  <証拠>によれば、原告及び原告の長男の蓬田英世は、昭和五八年九月一二日から同年一二月六日にかけて被告ら所有建物の施工業者である訴外ナショナル住宅株式会社の岡沢昭夫、歌代との間で、被告ら所有建物と境界線との距離及び目隠しの設置についてたびたび交渉がもたれたことが認められるが、<証拠>によれば、原告による目隠しの設置及びその旨の文書による確認の要求に対し、最終的には被告らがこれに応じないまま原告が仮処分を提起せざるを得ない状況に至つたことが認められる上、岡沢及び歌代が亡勝修三及び被告大窪光俊から代理権を授与されていたことを認めるに足りる証拠もなく、亡勝修三及び被告大窪光俊と原告との間で直接交渉がもたれ合意が成立したと認めるに足りる証拠も存しないのであるから、原告と岡沢らとの前記交渉経過をもつて、原告、亡勝修三及び被告大窪光俊間に目隠設置に関する合意が成立したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

五目隠しを設置しない旨の慣習の存否及び権利濫用の主張について検討する。

1  目隠しを設置しない旨の慣習の存否

<証拠>によれば、被告ら所有建物付近には境界線から一メートル以内の窓に目隠しが設置されていない家庭が多数存在することを認めることができるが、<証拠>によれば、目隠しを設置している家屋もまた相当数存在することが認められるのであるから、単に目隠しを設置していない家屋が多数存在することをもつて目隠しを設置しない旨の慣習が存在するものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠は存しない。

2  権利濫用について

(一)  原告居宅が被告ら所有建物のある敷地との境界線から四〇センチメートルしか離れていないこと、原告所有アパートは右境界線から三〇センチメートルしか離れていないこと、右アパートの屋根は従前境界線よりはみ出していたが昭和六〇年一月右越境部分を切除し、右切除後は境界線に接していること、原告所有アパートのベランダがいずれも被告ら宅地内を観望しうる状態でありながら目隠しが設置されていないことは当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、<証拠>を総合すると

(1) 原告所有アパートのベランダは東南向きであるのに対し、被告ら所有建物のうち原告所有アパートに対する面は西向きであること

(2) 原告所有アパートの部屋のうち中央の二部屋については、東南向きのベランダを除き、特段の窓が存在せず、また設けることも困難であるのに対し、被告ら所有建物のうち原告所有アパートに面する部屋(食堂兼居間、台所、洋室)には、南側にバルコニー、北側に出窓が存在していること

(3) 原告所有アパートの東南向きベランダに目隠しを設置すると、右アパート各部屋の採光、物干に支障を来すのに比し、被告ら所有建物には前記のとおりベランダが別に設けてあるので、原告所有アパートに目隠しを設置した場合ほどの支障は生じないこと

(4) 被告らの旧建物(原告所有アパート建築当時建つていた建物)には、原告所有アパートに面し、一階に二つ(子供室及び浴室)、二階に三つ(子供室、便所、洗面所)の窓が存在していたが、右各窓は原告所有地との境界線から最も近い一、二階の各子供室の窓で一メートル二〇センチ、便所・洗面所・浴室の窓で約三メートル離れているうえ、一階の子供室の原告宅地側の窓ぎわにはベッド、二階の子供室の原告宅地側窓ぎわにはバックボードが設置されていることから考えると、原告所有アパートから右各窓を通して子供室内を観望し得たとは認め難いこと

(5) 被告ら所有建物の別紙第一図面の(4)ないし(6)の窓と原告所有アパートのベランダとの距離は最も近い(6)の窓との間で約二メートルしか離れていない上、右(4)ないし(6)の窓から原告所有アパート方向を見た場合、原告所有アパート二階の部屋は真正面にあたり、その内部まで見えてしまうこと

(6) 二階の各窓に目隠しを設置する工事自体、過大な費用を要するわけでないこと

が認められ、右認定に反する<証拠>は採用できない。

(三)  右(一)の事実によれば、たしかに、原告は、自ら民法の規定を遵守せず、一方的に被告らに対して民法に従つた目隠しの設置を要求しているものではあるが、右(二)で認定した諸事情のもとでは、被告ら所有建物の別紙第一図面(4)ないし(6)の各窓に目隠しを設置することによる不利益よりも原告所有アパートに居住する住民のプライバシー保護が優ると考えられるから、原告の請求が権利濫用と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六慰謝料の請求について検討する。

原告は、被告らが目隠しを設置しないため原告のプライバシーが侵害された旨主張するが、単に目隠しを設置しないことをもつて原告のプライバシーが侵害されたものということはできず、また被告らがことさらに原告宅をのぞいていたと認めるに足りる証拠も全くない(かえつて、<証拠>によれば、被告らは、原告所有アパート方向の窓はいずれもブラインドを下ろし又は雨戸を閉めて、原告方が見えないよう努めていたことが認められる。)のであるから、原告の慰謝料請求は理由がない。

七以上検討してきたところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は被告ら所有建物のうち別紙第一図面記載(4)ないし(6)の各窓に目隠しの設置を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官下田文男 裁判官鬼澤友直は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官岩佐善巳)

物件目録

(一) 東京都杉並区永福二丁目三五五番五宅地 一七一・四三平方メートル

(二) (一棟の建物の表示)

東京都杉並区永福二丁目三五五番五所在

軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

一階 八七・一四平方メートル

二階 八五・四四平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 永福二丁目三五五番五の二軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

一階 四一・三七平方メートル

二階 三九・六三平方メートル

(三) (一棟の建物の表示)

(二)に同じ

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 永福二丁目三五五番五の一軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

一階 四三・二一平方メートル

二階 四三・二一平方メートル

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